2012年7月7日(土)*南三陸町*

 樹徳高校生74名+教職員5名+スタッフ6名

出発時も雨、予報も一日『雨』。それでも一縷の望みを抱きつつバス3台で現地へ向かいましたが、残念…。震災による地盤沈下の影響で、現場へ向かう道路が冠水してしまい、この日の作業は中止となってしまいました。それでも、74人もの高校生がせっかく来てくれたのだからと現地ボランティアセンターの皆さんがお気遣いくださり、急遽、猪又センター長さんがわたしたちにお話を聞かせてくださる場を設けてくださいました。あの日、あの津波を体験し、以来ずっとこの町の復旧・復興に尽力なさっているセンター長さんのお話はどれも貴重なものばかりで、被害の甚大さや、町民の方々の測り知れないご苦労、血の滲むような努力、また、ボランティアの貢献による町の回復の様子など、画像や数字やエピソードをもって丁寧にご説明くださり、生徒さんたちも先生方も、ひと言も聞き漏らすまいと真剣な表情で聞き入っていました。ジャージやパーカーの袖で涙をぬぐっている生徒さんもいました。
お話の後、七夕ということで、ひとりひとり短冊に願い事を書き、センター内の竹に結びましたが、町の一日も早い復興をお願いする生徒さんが多かったようでした。
ボランティアセンターを後にし、運転手さんたちにお願いして、南三陸町の被災状況を見学しながら歌津地区へ、樹徳高校の生徒さんたちもその制作に参加した、田束山(たつがねさん)の折り鶴を見に行きました。それから『南三陸さんさん商店街』で地元の方々と交流しつつ美味しいお買い物をして、バスは北上、気仙沼市へ。
第十八共徳丸。陸前高田市へ向かう途中に車窓から眺めたことはありましたが、実際にそこへ降り立ってみると、その全長60mにもおよぶ巻き網漁船は、十字路の一路を完全に塞ぐ形でアスファルトの地面にめり込んで立っていました。被災により町並みが消えてしまった場所に330tもの大型船がそびえ立っている光景はなかなか現実のものとも思えませんでしたが、しかし、アスファルトの亀裂には、蒲団や家財道具のようなものがいまだ挟まったままで、ここにも自分の住む街と同じような生活の場があったことや、それが一瞬にして奪われてしまった過酷な現実を裏付けているようでした。誰もが唖然とした様子でしたが、なかには、視察にだけ訪れたことを申し訳なく思ったのか、そばに落ちている瓦礫を拾い集める姿も見られました。

生徒さんたちの感想では、「活動はできずに残念だったが、実際に自分の目で見て耳で聞くことで、改めてこの震災の被害の大きさを実感することができた」「この現状を周りの人たちに伝えていきたい」「参加してよかった」「今後も積極的にボランティア活動に携わっていきたい」という声が多く聞かれました。
たしかに本来の活動はできませんでしたが、その代わりに、普段の行程では経験できないような内容ばかりで、かえって貴重な雨の一日であったように思われます。現地で見聞きしたこと、感じたこと、考えたこと、それらを持ち帰って家族や友人に伝える、これが今回のボランティア活動です。メディアが遠ざかってしまった被災地の現状を、高校生の皆さんが自分の感性と言葉で周りの人たちに訴えていく、それは必ず震災の風化を食い止め、一日も早い復興に繋がっていくはずですから。

最後になりましたが、たいへんお忙しい中、為になるお話をたくさん聞かせてくださった南三陸町ボランティアセンターのセンター長さんをはじめスタッフの皆さん、そして、予定の大幅な変更にも柔軟に対応してくださった上信観光の6人の運転手さんたちに、参加者一同、心より感謝いたします。

 


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