南三陸町班活動報告 2012年2月26日(日)

南三陸町班活動報告 2012年2月26日(日)
一般参加15名+リーダー3名(粟田、新井、その他)

前日の陸斬高田班が雪に苦しめられていた頃、南三陸町では、この時期としては記録的な大雪になったと聞いていました。
それなりに覚悟を決めて出発しましたが、案外すんなりと南三陸町へ到着。
この日の作業現場は国道45号線沿いのサンポートというショッピングセンターでした。
国道45号線の向かい側は志津川病院になります。

サンポートには既に何度か人の手が入っているのですが、印象としては3月11日がそのまま残っているという感じでした。全員にヘルメットが貸与されるという現場も初めてでした。
作業を担当したのは、我々の他にもう1団体。他、個人登録の参加者が10数名。
私たちに割り当てられたのは、国道45号線に面した一角でした。3月11日以前は、国道に向けられたショーウィンドウのスペースだったと思われます。そこには、トラックに満載できる量の土砂と瓦礫がそのままになっていました。
過去の活動を振り返っても、最大規模の土砂と瓦礫でした。泥掻き、瓦礫の撤去と分別、それぞれの作業を単独で行ったとしてもめまいのするような量でしたが、今回はそれらを同時にやらなければなりません。
後に現地ボランティアリーダーから聞いたのですが、1日で終わらない事を前提に、それでも少しでも作業が進むようにと、私たち桐生災害支援ボランティアセンターへ割り当てたとの事でした。作業の指揮も、こちらに任せてもらえました。
この日の、3名のリーダーを含めた合計18名の桐生のメンバーは、男性と女性がちょうど半数ずつ。荒仕事する上では若干の不安はありましたが、まずは男性陣が、ツルハシとバールで土砂の山に取り付きました。
男性陣が掻きだした土砂から、後方の女性陣が瓦礫の種類別に分別し、1輪車で運んでゆきます。力仕事と細やかな作業を分けているかのようですが、実際は1輪車を運ぶのもけっこうな力仕事です。鉄骨や木材、タイヤやコンクリートの塊といった、大物の瓦礫もゴロゴロ出てきます。瓦礫を取り除いた土砂も運び出さなければなりません。男性女性関係なく、一心不乱、声を掛け合い、力を合わせ、土砂や瓦礫と格闘してゆきます。外は雪が降っていましたが、全く寒さを感じません。
昼食の休憩を挟んでも勢いは止まりません。
45号線に面した場所でしたから、地元の方が足を止め、車の速度を緩め、作業の様子を覗いてゆきます。
14時30分作業終了。限界まで力を振り絞りました。
山になっていた土砂と瓦礫は綺麗になくなっていました。

震災から1年を迎えようとしています。
ですが、土砂と瓦礫の山は、まだ数限りなく残っています。私たちにできるのは、そのたったひとつに、たった1日だけ向かい合う事だけです。悔しいですが、それだけしかできません。しかし、たった1日だからこそ、その1日を大切に、一所懸命過ごしたいと思っています。
一所懸命、1日を過ごしてくれた15名の皆さん、ありがとうございました。


次回の活動は、3月3日陸前高田市、3月4日南三陸町となっています。
次回参加する皆さん、よろしくお願いします。次回の活動は3月3日陸前高田市、3月4日南三陸町となっています。次回参加する皆さん、よろしくお願いします

作業中の写真は南三陸町ボランティアセンターの許可を得て撮影しています


写真をクリックすると大きくなります。


















戻る